第86話 目標

どうも日本人は欧米人と違って、ただのんびり過ごすという事が苦手なのではないか
と思います。島陰にアンカー打って、そこでのんびりおしゃべりを楽しむ。それも何時間
もです。こんな事は日本人はできない。何かをしたくなる。目標が必要なのです。それ
で、良く耳にするのが、あそこに何かを食べにいく、この間はどこどこに行って、名物の
何々を食べてきた。そんな話です。つまり、目標が無いといけません。こういう目標は
ヨットをヨットらしく楽しむというより、移動手段として使っている。移動ならモーターボート
の方が速い。それではモーターボートの人達はボートを良く使っているかと言えば、これ
もそうでは無い。しょっちゅうあちこちに何かを食べに行くわけにもいきません。それに
行動範囲にも限度があります。

ボートを最も使っているのは釣りです。釣りという目標があるからこそ、ボートは活発にな
ります。それ以外はあまり使われていない。大きなキャビンがあり、エアコン付きで、そん
な快適なボートでも使われていないのが現状です。ですから、前々から言っていますが、
ボートなら、ボートでなにをするか、これが明確でなければ、日本人は遊べないのです。
それが今の所、釣りが最も明確な目標です。だから、釣りの人は良くボートを使っていま
す。ところが、サロンクルーザーとか称しているボートは殆ど動かない。買う前の想像とは
違ってきているのです。快適なキャビンがどんなに楽しいだろうかと想像したものの、やっ
てみると、どうも違っている。ヨットも同じなのです。

レースをする人は明確な目標があります。でも、クルージング人には明確な目標が無い。
あるとすれば、どこそこへ行きたいという目標地です。だからエンジンで行きます。或いは
いつかは外洋へ、いつかは日本一周へ、いつかは沖縄へ、などと、いつかの話で、それ
じゃ、今日はどうするの? と言えば、乗らないのです。快適なキャビンで過ごす人なんて
殆ど知りません。そこに居て、過ごすという事は目標にはなりにくいのです。

だから、キャビンよりセーリングをしましょう。セーリングを目標にしましょう。セーリングで
快走を楽しみ、うまくなる事を目標にしましょうと言っています。これが最も楽しめる
方法だと思うからです。ゴルフが流行った頃、みんなそうでした。うまくなりたかった。スウ
ィングやグリップの研究をし、練習場に行き、みんなうまくなりたかった。ただ、漫然とゴル
フ場に行っているだけなら、これほど流行る事はなかったでしょう。ただ、ゴルフはうまさの
程度が明確でした。100を切りたい、シングル、そんな事が数値として明確でした。うまさ
の度合いが明らかにわかるのです。ところが、ヨットはそんな数値は何も無い。ここが目標
の設定ができにくい所以ではないでしょうか。

ヨットの場合、うまさは自分で感じるしか無いですね。タッキングのスムースさ、トリミング
のうまさ、そして、快走している時の感覚は格別なのです。あいまいなので解りにくいのが
難点ではありますが、一旦それが感じられると最高です。それで、クルージング艇でも、
ひとつの目安としてスピード計をつけたらどうでしょうか?今ではGPSに対地ですが、スピー
ドが出ますので、少しでも速く走るという事を目安にしたらどうでしょうか。できれば風向風速
計などもつけて、何ノットの風の時にどのくらいのスピードが出た。スピードを追求している
わけでは無いと、誰もが言います。でも、速いという事、他人より速いのでは無く、過去の
自分より速いという事は、それだけヨットがスムースに動いているという事になります。それだ
けさばき方がうまくなった。トリミングがうまくなった。そういう事に繋がります。このうまくなった
という事が実感できれば、目標ができます。よりうまくなろうとする目標です。うまくなったら、
その見かえりは数値では無く、感覚だけなのですが、それが実感できれば、単なる数値以上
に感覚の喜びがあります。考えても見てください。喜びとは感じる物です。どんなに良い、高級
ヨットも、その物が喜びとはなり得ない。喜びとは人が感じる物です。それは他人に比べてで
は無く、自分の中から涌き出てくるものです。それを引き出す手段がセーリングなのです。
是非、しびれるような感覚を味わってください。それにはセーリングして、セーリングにもっと
上達したいという意識が必要です。どんなに広いキャビンだろうが、エアコンついていようが、
それは快適かもしれませんが、決して喜びにはなり得ないのです。まして、しびれるような快感
は決して引き出してはくれません。

私が知っている中でも、頻繁にヨットに乗っている方はみんなセーリングそのものを楽しむ方々
ばかりです。しょっちゅう乗ってます。どこそこに行くわけでも、飯食いに行くわけでもなく、今日
は風が無かった、今日は良い走りしたよ、今日はスピンランが面白かった、そういう話です。
そして、年に1回か2回、少し遠方に行かれます。その時はエンジンを使います。割りきっている
のです。それで良い。それでも、この年に1回か2回の為に大きなキャビンにしようとはされない。
自分で快適に日常のセーリングを楽しめるのが第一なのです。狭いキャビンでもショートハンドな
ら不自由はしない。全員が寝れない時は民宿でも、ホテルでも泊まれば良い。何が目標で、何を
第一と考えるか、それが明確なら、最高に楽しめる。大勢が泊まれるキャビンがあって、快適で
あって、しかも通常はクルーが居ないから、シングルでも簡単に乗れる。そんな事は普通は無い。
それで、皆さんはキャビンを優先して、目標が無くなって、乗らなくなっている。そうでは無くて、
セーリングという目標を持って、うまくなる。これがヨットを最高に楽しめる方法です。これさえ、楽し
めれば、後のことはどうにでもなる。狭いキャビンに大勢で泊まる事さえ、楽しむ事ができるように
なります。これが日常に、シングルハンドのデイセーリングヨットをお奨めする最大の理由です。

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