第八十四話 帆走性能さえ見れば、そのヨットが解る


      

帆走性能という言葉がありますが、これは速いヨットだけにある言葉では無く、全てのヨットにあるわけで、その違いこそが、そのヨットを端的に表していると思います。この帆走性能はスピードだけでは無く、帆走する時のあらゆる動作を含みますが、中でもスピードポテンシャルと言うのはそのヨットのコンセプトを最も表現しているのではないかと思います。

そのスピードポテンシャルを表すのが、セール面積/排水量比(SADR)で、日本では殆ど話題にもなりませんが、セール面積はパワーを表し、そのパワーがどの程度の重量を引っ張っていくかですから、帆走性能の中でもスピードにおおいに関係してきますし、簡単に言えば、クルージング艇とレーサーの違いは圧倒的なスピードの差です。これだけ見ても、これが全てではありませんが、そのヨットがどんなヨットなのかが解ってくると思います。また、デザイナーは重いヨットを無理やりでかいセール面積で走らせようとはしないものです。全体のバランスがとれていなければなりません。

SADRが15だったら、重いヨットです。これは実質重量では無く、セール面積に対する比率として重い。これが速いはずが無い。何故、そういうバランスを取ったのか?別のメリットを持っているはずです。キャビンが広いとか、頑丈とか、時化に強いとかです。また、SADRが30あれば、かなり軽いと想像できます。

クルージング艇とレーサーの間に、様々なヨットがあり、沿岸用クルージング、パフォーマンスクルーザー、クルーザーレーサー、デイセーラー等々がありますが、これらも全部SADR値を見ればどの程度かが解ります。デザイナーは目指すコンセプトを持ち、それに合わせて排水量、セール面積、幅、吃水、キール等々をデザインするわけで、各部分がバラバラなコンセプトは無いわけで、デザイナーが持つコンセプトに調和していきます。帆走性能を表すには多くの要素があるわけですが、その中でもSADRは最も重要な要素だと考えます。

さて、今度は、そのデザインを建造する造船所がどういう工法で建造するか、品質のレベルはどうかという事になります。同じデザインでも造船所が違えばヨットは違ってくる。基本データは同じでも細かい部分では造船所次第です。もちろん、デザインはどの造船所で建造するかという前提があり、その時、既にクオリティーは決まっている。その造船所のレベル次第です。

昔は、ハンドレイアップである事を造船所はアピールしていましたが、今ではバキュームインフュージョン工法が最新です。但し、これだって技術レベルの差はあります。その他、ハルとデッキの接合の仕方、ストリンガーの作り方、設置の仕方、艤装品ひとつ設置するにしても、その造船所のやり方の違いもあるし、それに後々のメインテナンスの事も考慮されていたり、いなかったり、決して同じではありません。多くの艤装品、ハーケンとかセルデンとかいろいろありますが、それらが同じ艤装品であってもヨットが違うのは、船体を造る造船所の違いです。

もうひとつ大きな要因はコストです。高い品質を目指せば高くなります。ですから、造船所がマーケットのどのあたりを狙うかというのが最終的な品質を決めていく事になります。そこまでやるか、或はそこまでは必要無いと考えるか?これは当然ながら、造船所に寄って考え方が違ってきます。それに高品質にすると数多くは造れないので、造船所の立ち位置がどこにあるかですね。と言っても、その品質まで必要かどうかもマーケットがどう考えるかです。

高品質は少量生産です。その際たるものはカスタム艇です。カスタム艇はデザインや帆走性能ばかりでは無く、品質も大きな勝負処になります。目に見える処ばかりでは無く、裏も綺麗だし、構造上もしっかり造り、それを軽量化する目的ならハニカムコアとか、そういうのも採用します。コストは重要だけど、品質はその造船所の看板になりますから。

という事で、コンセプトはSADR値で見て、品質は造船所を見る。私の味方は、その造船所が年間何艇建造しているかと、その価格と仕様書を見ます。するとだいたいそれに見合うヨットが出てきます。でなければ、そのヨットはマーケットから消えていきます。残っているという事は認めた人が居るという事ですし、長く続いていれば、それだけその評価が定着しているという事になります。

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