第八十八話 デイセーラーとクルージング艇とその融合


      

昔のヨットは外洋性を考えて建造されていたのではないかと思います。でも、数十年の経過と伴に、使い方も様々に変化してきました。本格的に外洋に行ける人は少なくなった。現代人は便利さの進化の陰で、より忙しくなっていったと思われます。

そこに合わせたかの様に、もっと近場、沿岸で、より快適に過ごせる沿岸用クルージング艇が発展していきます。冷蔵庫や温水が標準になり、同じ全長でも幅と高さのボリュームが大きくなり、より広いキャビンを獲得するに至り、快適さはさらに増していきます。という事で、外洋ヨットと沿岸ヨットが生まれ、当然ながら沿岸用の方が大勢を占めるに至ります。

一方、同じ時期に、敢えて言えばひっそりとデイセーラーも誕生しています。従来の小さなヨットだからデイセーラーという位置付けでは無く、シングルで簡単操作で、しかもより高い帆走性能を目指したヨットとしての新しいコンセプトとしてのデイセーラーです。

そして、今日、約30年の経過において、沿岸用もデイセーラーも50フィートオーバーがプロダクション化され、建造されるに至りました。プロダクション化はカスタムとは違って、同じモデルを数多く建造する事が前提であり、このプロダクション化は、世界の市場が広く受け入れてきたという証拠でもあります。クルー不足が言われる時代に、50フィートオーバーなんかも受け入れられる。これはスラスターとか電動ウィンチとか、電動のジブファーラーやファーリングメインも登場してきた技術進化のお陰です。

さて、これからどうなる? 沿岸クルージング艇は今の便利さで存続し続けるでしょうし、デイセーラーも同様です。ただ、そろそろ新しいコンセプトが生まれてきてもおかしくないのではなかろうか?何故なら、まだ進化の余地はあるでしょうが、その進化も頂点に達しつつある様に見えるからです。 充分に便利だし、モデル数も多いし、デイセーラーに至っては、様々なパフォーマンスも生まれてきました。

それぞれの愛好家がたくさん居るわけですが、でも、一部には、そんな大きなキャビンは必要無いとか、或は、デイセーラーに対しては、もう少しキャビンスペースが欲しいとか、そういう中間的なヨットを求める人達が出てくるのは自然の流れではないでしょうか?新しいコンセプトは二つのヨットのギャップを埋める事によって発生するというのは、容易に考えられます。

デイセーラーのパフォーマンスを持ち、ハンドリングは容易であり、それでいてキャビンがもう少し広いヨット、それは現代の技術で容易にできる事であり、これは単に需要があるかないかの問題です。そこで、いつもそうなのですが、そういうヨットを誰かがカスタム建造するんですね。それが良いとされると、造船所は市場の反応を見つつ、それをプロダクション化して、市場が広く認めると、世の中に広がっていきます。カスタム建造は既に市場にある物では無いからカスタムします。ですから、カスタム建造は未来を示す事があります。

そこで、カスタムの世界を見てみると、それらしきヨットが既に建造されていました。クルージング艇より幅は狭く、デッキの高さも低くして重心を下げ、でも、デイセーラーよりは少しボリュームも大きくしています。それを最新工法で軽量化を図り、一方で、バラスト重量をより重くしてスタビリティーを高める。これらの事によって、キャビンはクルージング艇程では無いが、それでも充分と思えるし、帆走性能の高さも充分だと言えます。その造船所が強調するコンセプトはウィークエンダーとしての気軽さでありながら、且つ、クルージングとして、どこへでも行けるというものです。

これは既にカスタムの域を出て、一般のプロダクション化にまでは至っていませんが、いわゆるセミカスタム的な、それでいてかなり広範囲のカスタム化も可能にしています。基本デザインは既にあり、基本艤装も既にあります。しかし、そこから希望があれば広範囲にも変更して行ける。つまり、カスタムという、一からのスタートでは無く、次の段階に進んでいるという事は、それだけ需要があるという事になります。これがもし、どんどん進むとプロダクション化という事になるのでしょうが、そこまではまだ至っていない。まだ、その前の段階ですが、しかし、着実に進んでいる事は確かです。何故なら、モデル数が増えているからです。

世界は広大なキャビンと便利さを享受してきました。しかし、そうなると、そのヨットにどうしても気持ちがそこに囚われてきて、休みとなるとマリーナへという決まりきった過ごし方になってくる。もっと他へも行きたいんだという方々も増えてきました。この事は以前にも書いた事があります。そういう方々にとっては、ヨットはもっと気軽に関われるようにしたい。何も、別荘的に住みたいわけじゃ無い。それより気軽に出せて、簡単操作で、そうなると、より高い帆走性能の方が面白いという事です。

オランダの著名なデザイナー、フックデザインはスーパーヨットから数々のデイセーラーまでをデザインしてきています。エッセンス、イーグルの他、カスタムでのデイセーラーもあります。ワリーナノもそのひとつです。その彼の新しいデザインを見ますと、まさしく上記したデザインを実現していました。

上の写真は55フィート(実質ハル長)ですが、同じサイズのクルージング艇と比較しますと、幅で約1m狭く、デッキの高さも低く、排水量では約4、000kg以上軽い。にも拘わらず、バラスト重量は1,500kgも重い設定です。両者のセール面積はほぼ変わらず、それでSADRで言えば26と21.8ですから、全然違います。それにスタビリティーを見ても、ハルの重心位置、バラスト重量の違いからも明らかです。ただ、キャビンの広さはクルージング艇の方が広い。

こんなでかいヨットですから、パワーアシストは当然です。スラスターも当たり前です。両者とも艤装品で言えばどんなにでもなります。しかし、船体そのものが全然異なるコンセプトを持っているという事が、この二つを決定的に異なる使い方に導く事になります。

実は、この上に66フィート、82フィートがあり、その下に47フィートも新しく出ました。もっと小さいのも可能だとか。モデル数が増えるという事は、それだけに需要があるという事であり、今後の広がりはいかばかりか?といっても、これだけのヨットですから少量生産を維持していく事は間違い無い処です。

ここではヨットの長さを強調したいわけではありません。このヨットが持つコンセプトこそが新しい試みであり、それがカスタム化され、セミカスタムに及び、モデル数も増えているという事実。この考え方が、今後、40フィート以下とか30フィートとかに及んで、プロダクション化されて行くかどうかは解りませんが、今この時点で、現実にそういうヨットが建造され、徐々に広がっているという事実、それがひょっとしたら、未来で普通のコンセプトとして受け入れられるているかもしれません。実に興味深い。

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