第八十九話 プロダクションというヨット


      

現在建造される殆どのヨット、ボートはプロダクション化されて建造されます。プロダクション化とは何か?同じモデルを数多く建造する事を目的に、その効率を上げる為に製品の仕様を固定し、工法も効率良くする為にモールド(型)を駆使していきます。ですが、プロダクションにもいろいろあります。

ハルやデッキのモールドはFRP艇であれば当然ですが、インテリアにおいても、できるだけ多くのモールドを使った建造をする程に建造効率は上がります。例えば、船底の補強材、床、ベッド、天井、トイレ、等々、多くのモールドを使えば、建造に取り掛かる際、一斉にグラスの積層を開始できます。その結果、短期間で完成させる事ができます。量産艇には欠かせない工法です。

さらに、モールドで型抜きしますから、同じサイズ、同じ形状の物ができますから、事前に例えばバルクヘッドとか、床材とか、いろんな物を出来上がるのを待たずにカットしておく事も可能になります。そして、そこで働くスタッフも、毎回同じ工程の作業をこなす事ができます。但し、これにもオプション設定がありますから、その分の違いはありますが、これとて既に工程としては設定されています。だから、短い工期でたくさん建造できる事になります。

もし、内装のモールドを少なくしたら、そこには職人の手間をかける事になります。FRPでは無く、木材を使うとしたら、完成して、そこに合わせて木材をカットして云々という事になり、工期は長くなります。従って、少量生産となります。何故、敢えてそういう事をするのか? それは設置をグラス積層する事ができる様になり、より船体を強化し、船体剛性を高める事ができます。その何が良いのか? 荒れた海、強風、そういう強大なストレスに対し、少しでも負けない強度にする為です。

だからと言って、完全プロダクション化されたヨットやボートが駄目なのでは無く、強度をどこまで求めるか次第です。どちらも安全に走行し、楽しむ事ができます。ただ、時化た時なんかにはその違いを感じるでしょう。さらに、セーリングを本気で楽しむ時なんかも、その違いは感じられます。でも、全てのヨットが、そうでなければならないわけでは無く、どこまでを求めるか次第です。ですから、同じプロダクション艇でも、安価な物から、2倍、3倍の価格する物もありますし、それぞれが市場に認められて存在し続けています。

重要な事は自分がどういう使い方をし、どこまでの質を求めるかに対し、モデルをちゃんと理解して選択する事ではないかと思います。価格が2倍すればそれなりの理由があり、3倍すればそれなりの理由がありますが、誰もがそこまで必要であるわけでは無い。ある方、あのヨットは良いよと、ああで、こうでと説明してくれましたが、自分はそこまでしないから、これで良い。と言ったアメリカ人が居ました。それで良いと思います。

そして、価格が高くなる程、モールドは少なくなり、オプションリストが長くなります。それだけオーナーの希望が反映されますし、建造する側にとっては、より面倒くさい事になり、工期も長くなりますが、それを受け入れる造船所は、より高い質のヨットを造らなければなりません。それがブランドとなります。高価な程、何でも標準仕様となる車とは反対ですね。

写真のアルコナヨットはもちろんプロダクション艇ですが、できるだけモールドを使わない工法を取ります。ストリンガーやバルクヘッド、家具類、等々は船底に積層され、強度を高めます。それだけ職人の手間をかけますので、工期は長くなりますが、その分、質は高い。そうなると、時化た時の船体のねじれが少なくなり、それはセールフィーリングにも、スピードにも影響します。内装はかなり造り込まれていますが、それでもSADR24.5のパフォーマンスクルーザーです。

あらゆる艤装品は、各艤装品メーカーが製造し、造船所に供給します。造船所が造るのは船体だけです。しかし、その船体こそがヨットの違いを生み出す事になります。ですから、その違いを見て、理解する事が重要で、同じプロダクション艇でも、ヨットによっていろんな違いはあるものの、みんな、それなりに良いヨットなんだと思います。

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