第六十七話 ヨットはバランスで出来ている


      
 

セール面積を大きくすれば速く走れますが、一方でスタビリティーが低くなる。キャビンを充実させれば快適な居住性を獲得できますが、一方では排水量が重くなる。そこで、用途別にバランスをどこで取るかをデザイナーが苦慮します。そして、それに応じた造船所の建造の仕方も違ってきます。

ところで、あるヨットを建造すると、排水量やセール面積、スタビリテーが決まりますが、実際は排水量以外は変化させる事ができます。それはセール面積は変える事ができるというものです。また、セール面積を変えると、同時にスタビリティーも変化させる事になります。排水量以外のふたつの要素が、オーナーの操作によって変えられるという事実は、セーリングをよりフレキシブルに考えるという要素をもたらす事になります。

速いヨットを造る為には、排水量を軽くし、それをすると大抵はバラスト重量も制限されます。そのうえでセール面積を大きくとる。そうすると、どの程度までするかに寄りますが、微軽風でスイスイ走るだろうが、強風においてはスタビリテーの上下によってフルセールで走れる範囲も制限されてきます。

ところが、スタビリティーというのは、バラスト比では無く、セール面積とスタビリティーとの比となりますし、そのセール面積を変えれるし、そうなるとスタビリティーも相対的になりますから、リーフすればスタビリティーを高くする事ができます。という事は、セールをでっかくしても、リーフを活用すれば良いという考え方も成り立ちます。ヨットは全体のバランスで出来ていますが、そのバランスをセール面積を変化させる事でバランスポイントを変える事になります。

典型的な例として、イタリアのブレンタ氏デザインによるデイセーラーB34というヨットがあります。これは他のヨットより大きなセール面積を持っています。という事は微軽風でもスイスイ走るでしょう。でも、セールがでかい分、強風時にはフルセールで走るにはスタビリティーをもっと欲しいと思うかもしれません。でも、簡単な話、リーフすれば済む事です。リーフすればスタビリティーは高くなる。そういう考え方ではないかと推測します。

写真のヨットがB34ですが、セール面積は67uもあり、他のデイセーラーよりセールはかなり大きいと思います。ですが、強風時にはリーフしてスタビリティーを確保すれば良いわけですから、写真の様に、ブーム巻き取り式のファーリングにして、いくらでもリーフができる様にしているのではなかろうか?もちろん、このファーリングはオプションだとは思いますが。ただ、リーフを簡単にして、しかもどの位置でもできるようにしておけば、強風時のバランス対応が容易にできる。リーフしても他より速ければ良いという考え方ではないかと思います。そして、リーフ操作にしても、電動ウィンチを使うとなれば、なお簡単です。

微軽風ではセール面積を大きくとり、強風になればセール面積を小さくするというのは当たり前ですが、そういう考え方の元、こういうデザインを考えたのかもしれません。案の定、このヨットのフルセールでのセール面積/排水量比は30.74もあります。それでいて、内装はご覧の通り、デイセーラーにしては、ちょっと豪華かな?



実際、このヨットはデイセーラーにしてはやや重い。3,300kgあります。でも、それを凌駕する程のセール面積を持ち、スピードを求めつつ、リーフを活用してスタビリティーを容易に確保でき、よって、微軽風でも、強風でも他の艇より速い事を求めたのではなかろうか?それを実現する為にリーフを駆使するという考え方だと思います。

ヨットはバランスで出来ているだけに、いろんな考え方ができるようになると思います。排水量の様に、一旦建造したら、固定化されてしまうものは、後からではどうしようもありませんが、状況に応じて変化させられるものは、操作如何によって、どうにでもできる。

また、例えば、大きなセールを小さくリーフはできますが、でも、小さなセールを大きくする事はできません。セルフタッキングジブを大きなジェノアに変える事は可能ですが、今日、そういう事は一般的にやらなくなりました。でも、微軽風用として、ジブの代わりにコードゼロを展開すると、セール面積は飛躍的に大きくなり、微軽風でスイスイ走ります。 もちろん、上記のB34にコードゼロを展開すれば、もっと速いでしょうが、各艇には、それぞれのスピードレンジがあって、各オーナーにも求めるスピードレンジがありますから、B34が速いからと言って、誰にでも合うわけではありません。

という事で、強風に滅法強い、スタビリティーの高いヨットは、だいたい微軽風には重すぎる感じを持つと思いますが、コードゼロを展開すれば、微軽風でも走らせる事ができる。つまり、セールを変えて、バランスポイントを調整していく事ができる。但し、何度も言いますが、排水量は変えられない、船体剛性は変えられないという事になります。従って、後で変えられるもの、変えられないものと考慮しておくと良い思います。


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