第九十七話 カスタムは如何? 

   
   

ヨットの買い替えは珍しい事ではありません。経験とともに自分の好みが解ってきて、その好みをより強調したヨットに買い替える。スピードを求めたり、居住性や時化に強いとか、各人の乗り方に応じて、その求めるレベルに応じて買い替えをします。その中でも、かなり頻繁に買い替えをされる方もおられ、常にああでもないこうでも無い、いつも期待値を下回って、また買い替える方もおられます。

ヨットは言わば妥協の上に成り立っています。スピードVS.居住性なんかは典型で、居住性を高めると重くなりスピードが犠牲になる。その逆もしかりで、スピード性を高めれば高める程に軽量化が求められ、従って居住性が減じられる。それは仕方のない事です。これにコストの要素が加わってきます。プロダクション艇では特に重要な要素です。

これがカスタム艇になるとスピード性を高め居住性も高める事ができます。とは言っても限界がありますが、妥協点がプロダクション艇より高い点が異なります。船体のサンドイッチ構造はもちろん、内装のバルクヘッドや家具類に至るまでサンドイッチ構造にする事もできます。さらに、船体強度を高める為にカーボンを多用する事もできます。しかしながら、これだけ高品質の素材と熟練工の手間を掛ければコストが高くつく。当然の帰結となりますが、何度も買い替える事を考えると、どっちがコストがかかるのか?

カスタムを造るには当然ながら過去の経験が必要です。それで自分の求める処を知るからこそ、カスタムに手を伸ばす事ができます。日本でカスタム建造される方は非常に少ないのですが、海外には多くのカスタム建造の造船所がありますから、それだけ需要も多いという事になります。

そのカスタムは確かにコストがかかる。でも、一部の高級プロダクション艇と比べるとそうでも無かったりしますし、むしろ安い場合もあります。カスタムは遥か遠くの雲の上みたいな存在というわけでも無いんです。

ヨットは妥協の産物、それはカスタムにおいても同じですが、その妥協点は高い。スピード、居住性、船体の強靭性、セーリング性能、操作性、等々デザイナーと相談しながら自分の求める処を追求する。どこに高いレベルでの妥協点を見出すか? さらに見た目のデザイン、内装のデザインやフィーリング、照明やそのスイッチひとつでさえも選択できます。カスタムですから。時々、こう言う事はできますか?と聞かれる事がありますが、カスタムですから何でも可能、但し、ひとつだけ、それがセーリングやその他の阻害にならない限りです。そこはデザイナーがアドバイスします。

とは言っても、もちろんカスタムは一般的ではありません。究極の贅沢かもしれませんが、これまでの集大成としてのカスタム建造、でき得るものならやってみたい。まさしく自分で造る処からかかわるわけで、それが面白くないはずが無いですね。何といっても、面白い、ワクワクする、そういう経験はプライスレスだと思います。スピードも居住性も高級感も、その物に価値があるというより、それらから得られる経験、味わい、感覚等に価値があるのではないかと思います。物には価値は無い。その物を見たり、触ったり、乗ったり、走ったり、過ごしたり、そういう事をした人が意味を与え、それで物に価値が生まれる。経験こそ全て。

ところで、カスタムヨットと言いながら、上の写真はボートですが、今度、特殊用途のカスタム艇ボートを造ります。通常はボートはやっていないのですが、これだけは引き受けました。いわゆる業務用のワークボートで、完成は2024年です。仕様は既に協議済みですが、これがああでも無い、こうでも無いと、面倒くさいやら面白いやら、多くの打合せが必要でした。結構大変でしたが、その大変さが面白さでもあります。20年以上前にもスポーツフィッシャーマンのカスタム艇を建造した事がありますが、その時は全てファックスでしたので、それこそ手間が大変でしたが、今はメールでやり取りなので、随分助かります。面白いのは大変な手間では無く、中身ですから。

次へ      目次へ