第三十話 見えないもの

どんなヨットが良いのか、メインテナンスはどうこう、セールのコントロールはどうしたら良いか、
舵さばきは?ヨットを考える場合に、誰でもが考える事です。でも、最も大切な事は他にある。
腕が良いか、悪いか、ベテランか初心者か、そんな事よりもっと重要な事がある。

どんなヨットであろうと、ヨットは所詮、物であり、そこにあるだけでは、その辺の石コロとたいした
変わりは無い。それがヒンクリーだろうが、スワンだろうが、FRPの塊に過ぎない。外洋艇で、
世界を回れるヨットだろうが、スーパーヨットだろうが、そんな物はたいした事ではない。それが
存在するだけでは、それらはただの形に過ぎない。

そんな事より、もっと重要なのはオーナーです。世界のいかなるヨットよりも、オーナーが重要な
のです。何故なら、ヨットはオーナー不在では、ヨットとはならない、ただの物質に過ぎないから
です。ヨットに命を吹き込むと言えばオーバーかもしれませんが、全てはオーナー次第なのです。

オーナーが何者であるかによって、FRPの物質はヨットというものに変わる。単なる物質をヨットに
変身させる事ができるのはオーナー以外にはあり得ない。船体があって、そこにマストが立って
そしてセールがある。それはヨットにはなっていない。。オーナーがその物質をヨットとして扱うから
ヨットになる。そうでなければただの箱に過ぎない。たくさんのソフトが入った、有能なパソコンと
同じである。それはただの箱にでもなるし、有能な頭脳にもなる。

昔から、物は大切にと教わった。大切にするのはそこに置いておくだけでは不十分。磨いておいて
おくのも不十分。そのものの特性を生かし、使い切る事で大切になる。その物の特性が、自分の
特性と合う時、そこに何かが生まれる。見えない何かです。その見えない何かは、元々は自分の
中に既に存在したもので、物に接し、使い切る事で、自分の中から表面に引き出されたものです。
つまり、ヨットは自分の中に埋もれていた感情を引き出す道具になる。どんな感情を引き出したいか
それにはどうしたら良いか、そしてそれにはどんなヨットが良いか、そしてそれには、どんな操船を
したら良いか、それをスムースに行かせるにはどんなメインテナンスをしたら良いか。ヨットが先に
あるのでは無く、自分の見えない何か、引き出したい感情は何か、それが先です。

冒険をしたいのか、爽快感か、恐怖か、喜びか、不安か、それらを全部含めて面白いとも言う。何か
の感情を得たいならば、その反対の感情もついてくる。それを含めて、面白いと言う。あるひとつの
感情だけを得、もう一方はできるだけ少なくと言うなら、、得る感情も少ない。

ヨットが退屈な物なら、それは自分がそうしたのであって、ヨットそのものが退屈なのでは無い。ヨット
がエキサイティングなら、それは自分でそうしたのであって、自分の中にあるエキサイティングに楽し
みたいという気持ちが、ヨットを通じて表面に引き出された。つまり、どんな感情を得たいか、それが
出発点ではないでしょうか。ヨットを始める時に、想像した事、こういう感情を味わいたいと思ったはず
です。それを得る為に、どうすれば良いか?そこから全てが始まる。

しかしながら、自分の置かれた環境というものがある。今の環境で何ができるか。クルーの問題、
家族、仲間、時間、仕事、それぞれの環境の違いで、今できる事には限りがある。それで、未来の
、今はできない、未来の事は未来として、今できる事を今楽しんでいく。この方が良い。
それで、ヨットに乗るなら、誰でも、今できる事はシングルハンドのデイセーリングなのです。最も
制約が少ない乗り方です。そして、この乗り方が原点でもある。ヨットのエッセンスを最高に、手軽に
楽しめる、最も良い方法ではないかと思っています。

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