第七十八話 まずは夢ありき
どんな乗り方をしますか?という質問を言い換えれば、どんな夢を持っていますか? という事になる。そう考えると、答えは見つけやすくなるのではないでしょうか?夢は 理想、現実とは異なる。とは言うものの、まずは夢ありき。現実主義も良いが、夢無く して男は生きられない。無駄かもしれないが、その無駄こそがわくわくさせてくれる。 元々、ヨットは無駄な物、だからこそわくわくさせられる。現実的な物にはこちらも現実 的になって、合理的にならざるを得ない。そこに面白味は無い。 昨今の企業買収は、上場している以上、株を買うのが何故悪いというのは理屈だし、 その通り。しかしながら歴史を持つ会社が、ある日突然成り上がりの若造に筆頭株主 になられて、物を言い出すのが気に入らないというのも解る。しかし、資本主義にある 以上、上場している以上、理屈は通らないが、日本社会らしい情というものを感じる。 経済を動かしているのは、アメリカ流資本主義が基本であるが、そこで働く日本人には 昔からの情がある。この情はアメリカの合理性とは違う。 つい最近、近所の森を伐採してマンションを建てるという話に、住民は猛烈に反対して いるらしい。持ち主からマンション会社が土地を購入し、そこに法に基づいてマンション を立てようというのだから、法律的には何ら問題が無い。でも、住民は森を残せと言う。 ならば、住民みんなでこの土地買って、みんなで森を残せば良い。資本主義で、合法的 であれば何でもできる。それが自由経済。でも、そこに住む、働く我々は資本主義では 無く、情緒主義だから、これを100%受け入れるようにはできていない。日本的資本主 義とでも言いますか、欧米資本主義と外見は同じかもしれないが、中身はちょっと違う。 積極的に経済活動をする側、アクションを起こす側は資本主義と合理主義で押し通そう とする。しかし、それによって影響を受ける側は情緒主義になる。それ以外に対抗措置 は無い。それが良いか悪いかの問題より、合理性をそのまま受け入れられないのが日 本人なのかもしれません。 ちょっと話がそれましたが、理屈と感情の話です。それで夢は感情の中にあって、決して 合理性に夢があるわけでは無い。どんなに良いヨットだろうと、感情が受け付けなければ 何の価値も無いという事になる。でも、その感情はゆらゆら揺れ動くものでもある。揺れ 動くものであるが故に、なかなかこれだと決めるのは難しい。 家は一生のうちに3軒建ててみないとわからないという。家は夢でもあるが、現実でもある 夢で建てて、実際住んで、現実を見る。時間が経てば夢は薄れ現実の世界が見えてくる。 そうすると使いづらかったり、無駄が多かったりが見えてくる。そして3軒目でその両方の 妥協案が見えてくるのでしょう。 ヨットの夢は日本一周だったり、別荘的使い方であったり、セーリングであったり、いろいろ ある。日本一周しようと思って、外洋に行こうと思って、購入したヨットが、現実ではそういう 時間が無かったりする。シングルハンドを夢見たが、とてもシングルで動かせるヨットでは 無かったりする。でも、それじゃ現実的に選ばなければならないかと言うと、それではあまり にも面白味が無い。それで、まずは夢を実現するヨットを買って、数年乗ってみる事だ。 実際乗れば現実がわかる。2艇目にはその現実と夢をブレンドさせる。それでもまだまだ、 そして3艇目ではもっと吟味して、現実と夢を近づける。これじゃ、家と変わらない。 ヨット買って、ほったらかしでは無く、実際に乗り続けると、解ってくるのはセーリングにこそ 深みがあるという事です。乗らない人はには解らないが、乗ってる人にはそれが解ってくる。 携帯電話は電話機能以外にたくさんの機能がある。でも、電話機能が最も重要です。人間 もどこのお偉いさんであるかより、どんな人間であるかが重要です。それが本来の姿です。 ヨットだって、セーリングするのが基本でしょうから、そこに最も深みがあって、そこにどれだけ 入っていくかが、最も面白い。その他の機能はヨットでなければならないものでは無いので、 それ程の深みは無い。そこで実際ヨットに乗っていくと、自分の夢がセーリングにシフトしていく 人はますますはまり、セーリング以外にいくと、現実を見る。見える形ある物には限界がある。 セーリングは見えない物、形の無い物、そして決まったゴールが無い。目標が定まらないので 難しく見えるが、ゴールを目指すのでは無く、セーリングの、その日その日の瞬間の感覚を 味わうもの。夢が感情にあるなら、セーリングはその感情を満たす最高のものです。最終的 には物では感情を満たせない。どんな豪華でも見慣れてくれば当たり前になってしまう。でも、 セーリングはその都度感情を動かしてくれます。ゴールが無い。夢はセーリングにおきましょう。 セーリングしていると、どんな感じがするか、どんな感じを得たいか、その為に、どんなヨットでと いう物になって行きますが、デザインも気に入ったデザインで、内装もこうで、装備はこうでと 気に入ったヨットにすれば良い。でも、ひとつだけ、全てはセーリングを中心において考えると 夢をセーリングから味わう感覚においておくと、ヨットの持つ周辺機能、楽しみばかりでは無く、 ヨットの本質が解るので、決して飽きる事の無い充実したヨットライフが楽しめると思います。 ヨットはアクションを起こすのは夢、乗るのは現実。現実ばかりを見ると、もっと大きなヨットだっ たら良いのにと思う。そして大きなヨットにすると、もっと大きなと思うか、これが限界だなと思う かどちらかでしょう。際限が無いか、これまでか。限界を思うとそこまで。遊びは常に夢が無け れば面白くない。セーリングそのものに夢をおきましょう。どんな風にセーリングしようか?そこ を求めている限り、ヨットから離れる事は無いし、その周辺の使い方までもが、楽しいものになっ ていきます。セーリングしているから、ヨットに寝泊りしても、パーティーしても、遠くに行っても、 全部が楽しくなるんです。メインテナンスも自分でしたくなる。知りたくなる。ヨットに関する事は 何でも知りたくなります。全部が面白くなる。 セーリングは誰よりも速くと言ってるわけではありません。レースなんかを言ってるわけではあり ません。セーリングそのものをいかに楽しむか、自分のひとつひとつの動きがどんなリアクション となってどんな感じを得られるか、そして自分の動きはどんどん進化するので、リアクションもどん どん進化していく。自分がうまくなっていく過程を感じ取れるのです。自分のヨットが解ってくると、 コクピットでビール一杯飲むにも、気持ちが違ってくる。何をするにも余裕がでてくる。ヨットも大切 にします。家は住む為、ヨットはセーリングする為、その本質を充分味わう事で、全てがうまく行く。 |