第十七話 三大要素


      

ヨットにとって重要な事はたくさんありますが、中でも、最も基本を成すのが三つあります。それはデザイン、排水量に対するセール面積、そして、船体剛性です。あれっ? スタビリティーが入っていないな?と思われるかもしれません。これも重要ですが、これについては後述致します。

まず、デザインですが、ここでは見た目のデザインに言及します。本当は線型とか排水量等々に関係しているのですが、ここでは見た目として取り上げます。見た目の美しさは、とっても重要だと考えているからです。クラシック系が好きな方、モダン系、或は、その融合といろいろありますが、どのデザインが好きか?これには理由は無く、あくまで個人の価値観ですから、これに良いも悪いもありません。重要な事は、それが好きかどうかです。気に入るかどうかは重要で、これからのヨットライフに対するモチベーションを左右します。これはやる気と言っても良いのですが、このエネルギーこそが、ヨットの性能に劣らず、重要な事と考えます。

次に、排水量/セールエリアですが、そのヨットの重さを、どの程度のセール面積で走らせるかという基本的なセーリング能力を示します。クルージング艇なのか、レーサーなのか、或はデイセーラーかというコンセプトの違いにおいて、この比率を見れば、どんなコンセプトなのかが分かります。何故なら、その求めるスピードこそが、そのヨットのコンセプトに合致しています。

ただ、スピードを求めて、セールをあまり大きくすると、操作が大変になりますから、ある程度迄、となると、セーリング重視のヨットは排水量をできるだけ軽量化する事に努めます。また、デザインにおける線型にしても、この比率に準じています。プロのデザイナーが起こすデザインですから、ここにちぐはぐさがあるはずがありませんので、あまり気にする必要は無いかと思います。見るべきは、どこでバランスさせているかです。

セール面積はレーサーにおいてはより大きくなりますが、クルーもたくさん居るでしょうから問題は無い。まあ、レーティングも考慮しなければなりませんが。しかし、例えばデイセーラーとかになりますと、シングル想定もありますから、セール面積は比較的小さいです。同サイズのクルージング艇より、もっと小さいですから、操作はし易くなります。でも、船体重量は、同サイズのクルージング艇の半分ぐらいですから、操作し易くて、しかもハイパフォーマンスを実現できます。

また、セールはダクロンからカーボン等のラミネートセールまであって、面積だけでは無く、セールの質によっても大きく影響を受けます。ですから、決して面積だけの話では無いのですが、でも、基本は面積にあると思います。

三番目の船体剛性ですが、これはクルージング艇だろうが、デイセーラーやレーサーだろうが、これが高いに越したことはありません。船体剛性とは、強大な風と波から受けるストレスに対する船体強度です。ストレスに寄って、船体が捻じれたり、一時的に凹んだり、そういうのは、スピードや特にセールフィーリングに影響を与えます。

クルージング艇はある程度は重くなっても良いので、比較的、剛性を高め易いですが、でも、これは重量だけとの関係では無く、建造に当たって、どの程度迄、職人の手間をかけるかにも寄ります。船体の素材や構造、工法ばかりでは無く、バルクヘッドをハルに積層して一体化を図る。内部のストリンガーをハルに積層して一体化を図る。さらに、内装の家具類を積層して一体化を図る。これらは、全て職人の手間を要します。時間もかかる。そこで、どこまでやるかは、各造船所の考え方次第という事になります。

高い船体剛性を得つつ、軽量化を図る。これがセーリング重視艇の目指す処です。それは船体の構造や工法、バルクヘッド、ストリンガー等々の素材、構造、工法によって、各造船所はどのレベルまでを、実現しようとするのか? それは、目指すコンセプトに寄ります。高い船体剛性をもちつつ、排水量を軽量化する事は容易ではありません。でも、それがセーリングパフォーマンスとなり、セールフィーリングとなります。ですから、価格も多少は高くなります。見えない部分こそが重要です。

これがセーリングヨットの三大要素で、どこまでやるかは、どんなセーリングを目指しているかによっても異なります。沿岸の旅、外洋の旅、セーリング、レース等々、それぞれに異なる要素がありますが、全て、この三大要素によって基本が決まると思います。そして、基本が決まれば、それに応じた艤装が選択され設置されていきます。

この中で、デザインは個人の好み、船体剛性は造船所がどんな造り方をしているかを知らなければ解りません。造船所によっては仕様書に少し記載しているのもありますが、そんなに詳しくは記述されていません。よって、その造船所が建造した他のヨットを見るとか、造船所に聞いてみるとかになると思います。ただ、価格にも反映されますから、そこも参考にはできると思います。

そして、最も分かりやすいのが、排水量に対するセール面積です。これは簡単に計算する事ができますから、いろんなヨットのデータから計算して、比較していけば、そのヨットのポジションが見えてきます。この計算方法は、以前記載致しました。極端な言い方かもしれませんが、気に入ったデザインで、自分が求めるパフォーマンスだろうと思われるセール面積/排水量比なら、それだけでも十分判断できるのではないかと思っています。セーリング重視のヨットはセールパフォーマンスに加えて、剛性にも気を使ってます。

さて、スタビリティーという問題です。これを要素に加えませんでした。それは重要では無いという意味では無く、もちろん重要です。ですから、四大要素としても良かったのですが、敢えて入れませんでした。 ところで、スタビリティーには二種類あります。ひとつは、例えば大洋に出て、大きな波を横っ腹に食らったら、ひっくり返るかもしれません。でも、スタビリティーが高ければ、再び起き上がる可能性が高くなります。このスタビリティーは、ハルとキールを合わせた全体のスタビリティーで、いわゆるバラスト比なるものは、この部類に入ります。

しかし、一般的に、大洋を走る方々は少なく、多くは、日本沿岸です。クルージングにしてもセーリングにしてもです。そういう海域で、ヨットをひっくり返すような大波を食らう事はまず無いと言って良いと思います。では、沿岸でセーリングしていて重要なスタビリティーとは何か? それはセーリング中に受ける風のパワーに対して、どれだけ耐えられるか? つまり、セールパワーに対するスタビリティーという事になります。そして、このスタビリティーはセールをリーフすれば変化します。当然、リーフすればパワーが落ちますから。これは誰もが実感していると思います。

似たようなサイズのデイセーラーでしたら、船体の重心もそう変わらないでしょう。そこにどんな重さのバラストを設置するか?またそのキールデザインは? その時、より重いバラストを設置した方が、同じセールエリアなら、スタビリティーは高くなります。でも、その分、排水量が重くなるという事実、それはスピード性能を下げます。それが許容できるスピードなら、それで良いとも言えますが、一方、バラスト重量が少しでも軽ければ、排水量も軽くなって、より速く走れる事になります。

また、例えば、より重いバラストを設置したが、もっと大きなセールを設置して走らせるという考え方もあり、微軽風では速く走れる。でも、強風になったら、セールがでかいだけにスタビリティーが低い。ならば、リーフして、それでも他より速く走るなんて考え方もできます。

つまり、大洋を渡る場合のスタビリティーは高いに越したことはない。しかし、沿岸をセーリングするスタビリティーについては、どれが良いというより、考え方次第ではないかと思います。もちろん、クルージングにおけるセーリングの場合でしたら、スタビリティーが高ければ、それだけフルセールで走れますから、操作が減りますね。でも、セーリングでは、また違った考え方もできる。

スタビリティーが高ければフルセールで走れる範囲が広くなりますが、一方で、スピード性能を落としている。そのスピード性能が許容範囲内であれば良いという事になります。デザイナーは、そういうバランスを考えています。同じスピード性能なら、スタビリティーが高い方が良い。でも、スピード性能がいろいろ違うので、話をややこしくしています。スタビリティーはバラストだけでは無く、船体そのものも関係しています。

本当は、このスタビリティーも含めた四大要素とした方が良かったかな?ただ言える事は、それぞれが互いに影響しあっているという事ですね。単独要素で良いも悪いも判断できません。すべてはバランスの上に立っています。ヨットだけに。

でも、一般的に言えば、そうそう難しい事を考える必要は無く、見た目を気に入る事、それと排水量に対するセール面積を見て、他艇と比較して、求めるパフォーマンスだと判断すれば、それで良いのではないか思います。、もちろん、操作性とかもありますが。


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